昔の話
昔、どこを見ても緑色を視界から外すことの出来ない程、奥深い山々に囲まれた平地に小さな村がありました。その名を「トンピピ村」と言いました。山々に囲まれているといっても、村人には広々とした田園、農地、そして生活の資源になる森林があり、決して閉鎖的な空気を感じることはありませんでした。ひと家族ひと家族にとって生活するには贅沢なほど広い土地に加え、辺り一面に広がる落葉の森が村人の心に余裕を生んでいました。四季を通じて葉や枝の隙間からもれる光の変化が落葉の森に柔らかな表情を作り、それが人々に不思議な開放感を与えています。そんなゆったりとした空間の中で人々は好きな時に、それも半日ばかりの時間で作物を育てたり、生活品を作ったりと自給自足を営みました。あとの多くの時間は絵を描いたり、楽器を奏でたり、瞑想に耽ったり、野山を散策したり、それぞれ気ままに自由な時間を過ごしていました。
そして特筆すべきは、美しさでは類ないその農地の様子でした。四季ごとに様々な野菜や果物が所狭しと顔を覗かせるのですが、その色彩の多様さといったら赤色、黄色、すみれ色とまるで虹をこぼしたようでした。春夏秋冬それぞれの特徴的で心楽しくなる色合いは、いつも人々の目を喜ばせてくれます。トンピピ村の農地の眺めは大空から見てもこの世で一番美しい景色を提供していました。実際その当時、空を行き交う鳥たちは、この色を敷き詰めたパレットを目に映すことが大好きでした。トンピピ村に棲む鳥たちはその種類ごとに多彩な色の羽をまとっていました。村人は鳥が空の青色や森の緑色に自慢の羽の色を添えるたびに言いました。
「鳥たちは大地の景色が見たくて空を飛ぶようになったんだよ、きっと。あの綺麗な羽もしょっちゅう空から眺めるもんだから大地の色が移っちまったのさ。」と。
そんな美しい農地の色合いに協調するかのように山々や森も独自の色を誇っていました。濃い緑色に薄い緑色、分厚い緑色に薄い緑色、少し黄色の入った緑色から産まれたての赤ん坊が元気よく泣き立てるような緑色まで、遠くも近くも折り重なって映える森の豊かな世界が浮き上がっています。
作物の作り方も少し変わっていました。というのも村人は鋤で土地を耕したり、肥料を与えたり、雑草を取り除いたりといった作業はほとんどすることはなく、農地や田園の周りで歌を唄ったり、踊ったり、時には笑顔で作物に話しかけたりと、まるで農地や作物と共有する時間と思いが大切と言わんばりです。それが作物を元気に育てる最良の方法だと村人は信じていました。そんな様子ですから農地には雑草がわんさと生えていましたし、作物だって好みの場所を好きなように陣取っている状態でした。ただそれで本当に人々が満足できる立派な作物を収穫することができたのです。それはトンピピ村の絶えることのない美しい景色が何よりの証拠でした。
隣の村は山を二つ隔てた所にあり、大人二人が並んで歩ける幅の尾根沿いの道がお互いの村を繋いでいました。村から出入りする人は決まって同じ人間でしたが、その道中はちょっとした旅気分を楽しむことができました。反面、道中の森の中で恐怖を感じることもしばしばで村を一人で出られる者は勇気があると認められました。その恐怖を感じるというのも、何か凶暴な生き物が潜んでいるとか得体のしれない妖怪の言い伝えがあるというわけではないのですが、自分の生活の場から離れた薄暗い山中では何かしらの恐怖感が全身を包み込んでしまいます。
一方で体に絡んだ恐怖の紐を解きほぐしてくれる出会いもありました。それは森の生き物たちとの出会いです。そう、言い忘れましたが村を取り囲む山や森にはトンピピ村の農地でみられる色彩に勝るとも劣らない多様な種類の生き物が生息していました。森や山はどこまでも奥深く村人にとっては未知の世界でした。そのためほとんどの生き物たちがその姿を人々にさらすことなく一生を終えるのです。細い毛と太い毛の入り混じった毛むくじゃらの季節ごとに色が変化する生き物から大きな角を持っているのにとても気弱な動物やちいさくすばしっこく躓くネズミ、そのネズミの尻尾に潜む星型の妖精のような生き物、一生土の中で過ごすカチンカチンに硬い体を持つ生物、水中を自由に泳ぎ回る牙を持ったカエルや樹上で暮らす目玉が頭から飛び出してどの方角も見渡せる猿に昆虫から鳥まで挙げ始めればキリがない程たくさんの生き物で溢れています。そんな多彩な面々には共通している特徴がありました。それは多くの生き物はとても可愛らしく奇妙な愛嬌に満ちているということです。ですから旅の途中で生き物に出会えることは森の中での恐怖心を和らげてくれると同時に楽しみにさえなっていました。想像を超えた生き物との出会いは驚きの気持ちに包まれ、愛嬌ある動物には興味が増しますが、人々は必要以上に彼らに近づこうとはしませんでした。生き物との距離感を意識していたわけではないのですが、自然とそういう慣習になっていました。それを知ってか知らずか森の生き物たちも人々のことを遠目から不思議そうに眺めるだけでした。
このような生き物たちの出会いをはじめ旅をすると、隣村の生活風習や異国の話など日常の生活では味わえない出来事や見聞に触れることができました。いつの間にか旅を重ねる者は物知りになり、自然と村でも人気者になりました。そして村人を集めては異国の話に花を咲かせるのです。中には話を大きくし過ぎてほら吹き呼ばわりされる者もいましたが‥
ある時、そんな人気者のひとりであった若い男がいつものように隣村へ足を運んだ時のことです。その日は遠い遠い海沿いの村から運ばれてきた貴重な食糧の調達が目的でした。基本的な食べ物や生活用品はその村その村で間に合っていましたが、どうしても自給できない物品は村から村へとリレーのように伝搬されます。トンピピ村の場合、一番奥の山村だったのでここより先に物を送ることはありません。その代わりにトンピピ村で採れたり作ったりした物は必要としている村へ快く送りました。トンピピ村には木彫りの名人がいたので、村の外に出る時には彼の作り上げた作品を手土産に持って行くのが常でした。
その日もトンピピ村の若者は、名人の木彫りの器を片手に新しく丈夫な草鞋を履いていました。無事隣村に着いた若者は、いつも品物を分けてくれる家で海の食糧を手に入れると踵を返して帰路につきました。いつもなら一度は腰を据えてお茶でも頂きながら話に夢中になるのですが、この日の若者は無性に早く帰りたい気持ちに駆られ、大量の荷物を背に担ぐと早足で村を後にしたのです。精一杯の早足に下ろしたての草鞋が擦り切れそうになります。理由のない焦燥感に足を動かされた若者は、山を二つ越えた辺りで完全に息が上がってしまいました。でもあと坂を下れば村に着きます。この山は何度も行き来しており、体力には自信のあった若者も激しく打つ動悸と村に近づいた安心感とで少し足を止めて大きく息をつきました。急いで帰ってきた割にこの日は早く日が沈みます。辺りが暗くなる前に男は荷物から灯りを取り出そうとしました。
理由のない焦燥感を裏付ける出来事が起こったのはその時でした。荷物を一度地面に下ろし灯りを取り出そうとした瞬間、まだ火を灯してもいないのに辺り一面が急に明るくなったのです。頭上から降り注ぐ大きな光に太陽が引き返してきたのかと錯覚するほどでしたが、どうもその柔らかな光とは違うようです。男は恐る恐る下に向けていた顔を上げました。その目線が森の木々よりも高い位置に移った時、空に浮いた巨大な箱が目に飛び込んできたのです。薄暗い紫色の空気を漂わせながらその箱は黄金色の光を発しています。まるで呼吸しているように光の強弱をゆっくりと繰り返しています。薄気味悪い光ですが、反面その狭間には吸い込まれるような惹かれる色も感じられました。若者は、一瞬箱の中に体ごと吸収されるような錯覚を覚え頭を強く振りました。しかし実際に動いていたのは光る箱の方でした。幾度となく村の人々に旅の話を繰り返してきたその大きな口は驚きのあまり開いたままです。若者はただ呆気にとられて少しずつ地上に降りてくるその言いようのない光を見つめるだけでした。
どれだけの時間が経ったのでしょうか?若者には凍りついた空間に迷い込んだように感じられましたが、時間は止まることなく光る箱を男の目の前まで降ろし続けていました。鼓動のような光の強弱も地面に着くと同時に止まり、微弱な光を放つ黄金色に落ち着きました。こうして目の前にすると意外に小さく思われましたが、それでも箱の高さは大人の背丈ほどあります。表面から出る誘うような光に心まで吸い込まれそうになります。若者は箱の周りを一周してみました。ざっと見たところではどの面も黄金の光一色で、何の飾りも凹凸もありません。持ち前の好奇心で細かい所まで観察しましたがただの箱です。しかし、その光には何もかもを奪い取ってしまう力があるのか頭も心も呆然としてきました。
(この箱が欲しい・・・)男の心に沸々と欲するものが芽生えました。どうにかして村まで持ち帰りたいと考えましたが、隣村からの大量の荷物もありますし、見る限りこの大きな箱を一人で運べるとは思えません。しかし若者の欲求は止まず、貴重な海の食糧を犠牲に置いて行くことまで考えました。男は邪念を払うように頭を小刻みに強く振ると、何気なく箱に手を回しました。
・・・フワッ・・・・軽いのです!この世の物とは思えない程軽いのです。軽いというよりは重さ自体を感じられず、ふわりと雲のように宙に浮きます。何も両手を使う必要などありません。手のひらでも、いや指の先だけでも箱に触れるだけで運べるのです。若者はこれはいいと手のひらで拳をポンと弾くと早速地面に下ろしていた荷物を担ぎました。もう灯りは いりません。微弱とはいえ箱の光で十分夜道は見えたのです。