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晴天

マジックボックス

マジックボックスーその使い方とその決まり

 もし今、隣村の人々がトンピピ村を訪ねてきたら大祭でも催しているのかと勘違いをすることでしょう。そのくらい村人たちは、この不思議で奇怪な出来事に興奮しきっていました。しばらくの間ガチガチ頭の男は、人や物が飛び交い、それらがマジックボックスの周りで押し合い圧し合いひしめき合っている状況を眺めてましたが、大きくひとつ深紅色の息を吐くと村人を掻き分けて再びマジックボックスの上に立ちました。
「さて、みなさん、それでは最後の説明をしたいと思います。そのままの状態で結構ですのでどうぞお聞きください。」
 もう集合を促す必要はありません。誰もが一歩でもマジックボックスに近づこうと騒然とうごめいています。そんな騒がしい中でもガチガチ頭の男の声はメロディ付きの音符のようにスーッと耳に入ってきます。
「このマジックボックスはみなさんに差し上げます。」
 村人にどよめきが起こりました。
「ですから最後にマジックボックスの“使い方“とその“決まり“を説明いたしますので、もうしばらくのご辛抱を。」と言って宙に浮いていた光る板を手元に引き寄せると今度は二つあるボタンのうち左側の物を押しました。


 ーーーー マジックボックスのルール ーーーー
 ①商品は“コフェ“と交換
 ②必要な“コフェ“は一から万まで
 ③邪魔者はボックスの中へ放り込め!
 ④マジックボックス、分けても分けてもマジックボックス


 画面は以上の文章を表示しました。これもまた嫌でも目に焼きつく立体的な文字で、文字自体が生きているかのように空中をさまよい人々の目に飛び込んできます。
「ひとつずつ説明しましょう。まず①のルールですが、みなさんすでにご存知の通りマジックボックスから商品を取り出すためには、この“コフェ“が必要なのです。」
 と言ってガチガチ頭の男は小さく透明な粒を目立つように指に挟んで高く掲げました。
「その粒はどこに行けば手に入るんだ?」
 ひしめく集団のほうぼうから声が上がります。
「いや、これが実に簡単なのです。この“ブルティック“という棒があればね。」
 ガチガチ頭の男はいつの間にかマジックボックスと同じ黄金色の短い棒を手にしていました。
「このブルティックでひたすら“もの“を叩いて下さい。そうですね‥樹木に草花、鳥に虫ケラ、大きな岩にそのあたり転がっている石でも、小川を流れる水や、時には風を叩くこともできます。なんせこのブルティックで軽く叩いて下さい。もちろん人間もOK。するとこの透明な粒が弾け出てきますから。叩いた数だけ弾けますが、力を込めて勢いよく叩けばよりたくさんの“コフェ“が手に入ります。どうです?簡単でしょう!エッ、その光る棒はどこで手に入るのかって?そう慌てないで下さい。“ブルティック“についてはルール④でお話ししますから。」
 と言いながら浮き上がる画面の④の箇所を“ブルティック“の先ででぐるんと囲みました。
「次に②のルールですが、これまた簡単。欲しい商品によって必要な“コフェ“の数は違うということです。一粒から上を言えばキリがありません。当たり前ですが高級な物、貴重な物、複雑な物ほどより多くの“コフェ“が必要というわけです。そしてルール③。これがみなさんには少し分かりづらいと思うのですが、このマジックボックスは使えば使うほど身の回りにいらない物が溢れてきます。要するに邪魔な物です。わかりませんか?そんな顔をされている。まあ、そのうち嫌でもわかりますから‥。とにかく不要な物、役に立たない物はマジックボックスの中に放り込んでいただければ結構!いくらでも入りますから。マジックボックスから出す物、入る物、その量は無限であります!」

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 最後の言葉に力を込めて言います。すると今度は一変した表情を唇に浮かべて慎重に話を続けました。
「ただし、ここで注意していただきたいのは一度マジックボックスの中に入れた“そのもの“は二度と帰ってこないという点です。物ならば新しい製品と交換すれば話は済みますが、みなさん人間はそうはいきませんよね。いいですか、この中に入ってしまえば二度とこの世に戻れないということをお忘れなく・・・。」
 背筋のゾッとする話し方に村人たちは身を寄せ合いました。
「でもご安心ください。頭を入れない限りは大丈夫ですから。」
 少しホッとした空気が戻り、ガチガチ頭の男は話を続けます。
「最後に④のルールです。①のルールで説明したとおり商品を取り出すには“コフェ“が必要です。しかし二つだけ例外があるのです。それが“マジックボックス“と“ブルティック“であります。この二つだけは“コフェ“がなくても取り出せるのです、いくらでも。まるで綿をちぎるようにね、ほら。」
 ガチガチ頭の男は両手を村人の方に開いて見せ何も手にしていないことをアピールすると、その手をマジックボックスの中に突っ込みました。 “マジックボックス”、“ブルティック”、“マジックボックス“、“ブルティック"・・・・マジックボックスの表面を交互に出入りする左右の手の動きに伴って、その二つのものが次々に宙に舞いました。
 どれだけの数を取り出したでしょうか?どれも同じ色と形をした箱と棒が溢れています。ただ、その大きさは大人が中に十分入ることのできる大きなサイズもあれば片手に収まる小さなものまでまちまちです。
「ご覧のとおりサイズもさまざま。好きな大きさをお選びください。ま、これだけあれば今ここにいるみなさんの分は十分にありますね。」ガチガチ頭の男は満足そうに辺りを見渡して言いました。「これで私からの説明はすべて終わりました。長い話にお付き合いただきましたが、後はご自由にどうぞ。どれでも好きなマジックボックスをお持ち帰りください、それでは。」
 話し終えるが早いか村人は我先にとマジックボックスの元へ走り出しました。村人一人一人の分は充分にあるのですし、いくらでも取り出せると分かっているのに、この状況は人々を慌てさせ、日頃走ることに縁のないお年寄りでさえ猛然と駆け寄って抱え込んでいます。子供のことはそっちのけで走る大人たち、その勢いに跳ね飛ばされて泣きじゃくる幼子に、大人に負けじと飛び込む少年‥ひとつのマジックボックスを何人もの村人が奪い合う光景が至る所で見られ、村は一瞬、戦場のようにどよめきました。気づけば馬の大群が通り過ぎた直後のような空気が一帯に流れ、村人は自分の両手にひとつずつマジックボックスとブルティックが納まっているのを目にすると、中身がスカスカのリンゴのような心持ちに駆られました。大人は泣いている子供のもとへゆっくりと歩み寄り、必死にマジックボックスを抱えていた人は無気力に肩の力を抜きました。
 ガチガチ頭の男はその一部始終を眺めていました。しかしその瞳に映る光景に関心はなく、仕事を成し遂げたという満面の笑みを浮かべると自分専用のマジックボックスの傍に立ちました。
「・・どんな仕組みになっているんだ・・?この箱の中身は一体どうなってるんだ?」
 少し落ち着きを取り戻した村人の隙間から小さなつぶやき声がこぼれました。はかなく消えゆく泡のような声でしたが、ガチガチ頭の男の耳はしっかりその声を捕らえていました。
「お前たちはそんなことを知る必要はないのさ。」
 わずかに揺れる唇から誰にも届かない軽蔑の言葉を残した男は箱の中に誰にも気づかれることなく姿を消しました。

矢印下

 同じような出来事があらゆる村で、あらゆる国で起こりました。ガチガチ頭の男が黄金色の箱から現れては、同様の説明を繰り返しました。ほどなく世界中の人々にその存在が広まり、ひと家族に一つ、いや一人に一つのマジックボックスが普及しました。本当にアッという間とはこのことです。最初はこれらの現象に不可思議な気持ちを抱く人も少なからずいましたが、手軽に何でも手に入るという生活を繰り返していると、そんな疑問はどうでも良いものとなっていきました。人々はそれ以上深く考えようとはしなかったのです。スポンジが水を吸収するように抵抗なくマジックボックスの存在を受け入れたのです。

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