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晴天

マジックボックス

宙に浮く小さな世界

 世界中に普及したマジックボックスは・・・マパとシャーラの生きている時代は、トンピピ村にあのガチガチ頭の男が降り立った時代より後の話です。しかし彼らの生活には世界中で受け入れられたはずの“マジックボックス”は見当たりません。確かにテト家とロン家にとって“マジックボックス”は無縁のものでした。彼らの住んでいる世界そのものが‥と言った方が良いのかもしれません。そこにはある秘密が隠されていたのです・・。
 テト家とロン家が身を温める家屋周辺の様子はトンピピ村の景色によく似ていました。家の南側はカム畑をはじめとして両家の食料をまかなうには十分な広さの農地が広がっています。この土地で育てている農作物もトンピピ村のそれ同様に多様で、四季折々の色彩を楽しむことができました。東西には草地が広がっており、西の草が芝生のように丈が短いのに対し、東側は大人の腰が隠れる高さの草が続いています。その三方の限りなく開けている景色に蓋をするかのように、北を向くとちょっとした森を挟んで見るからに険しく高い山が視界を遮っていました。マパもシャーラもこの山には一度も足を踏み入れたことがありませんでした。その代わりに裾野に広がる森が二人お気に入りの遊び場になっていました。彼らはその森を“フォストの森”と呼んでいます。テト家とロン家の生活に潤いをもたらしてくれるその森は彼らにとってとても重要な存在で、そこから全てが始まったと言っても過言ではありません。彼らがこの地に足を踏み入れた時、マパとシャーラはまだ産まれていませんでした。ただただ森林と草原の景色で家屋も農地もありませんでした。つまりテト家とロン家はこの地ですべてゼロの状態から生活を始めたのです。
 最初は家づくりからでした。フォストの森から伐り出した樹木にフル父さんが加工を施し、ダット父さんが細い体に見合わない力強さで組んでいきました。丸太にはサゲという針葉樹を選びました。その樹木は湿気と日差しに強いからです。ヤビおじいさんの助言を頼りに丸太同士をやや斜めに合わせ、雨水が染み込まないように掘り込みの面を下向きに重ねていきます。その接合部分を見ればフル父さんの仕事の緻密さが窺えます。すべてを組み上げた時、空から見るとその家屋は綺麗な六角形をしていました。そこで彼らは自らの家を“六角家”と呼ぶことにしました。屋根には撥水性の高い苔を敷き詰め、冬に備えて暖炉も作りました。南西の壁を一部切り離し、そこにフォストの森を流れる小川から程よい大きさと形の石を運び集めて積み上げ、粘土で固定しました。それぞれの石は互いが隣り合うために生まれてきたのではないかと思わされるほど隙間なく積まれていて、そこにはダット父さんの絶妙な選眼と技術も伺えました。最初の火入れした時の煙突に吸い込まれるように抜けていく空気の流れは、みんなの心に温かく残っています。サゲの木の刈り出された場所には、光の星クリルの日光が地面まで届くようになり、次の幼木が芽生えてきます。その森縁には蔓性の植物も蔓延り、その過程で森の恵みを享受することもできました。ツルは籠に編み、春の山菜に秋のキノコ、暖炉に使用する薪まで惜しみなく与えてくれます。森の時間から生まれる恵みはテト家とロン家の暮らしにアクセントを加えるに十分でした。そして森は多種多様な生き物の生活の場であり、人の手垢の付かない土地も必要とヤビおじいさんから教わりました。

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森からの恵みや収穫物は六角家の隣に建てた二層式の倉庫に保管します。上層と下層は四方に立てられた太く長い丸太の柱が要となっており、上階は六角家よりも高く下階は地中にも及ぶ作りになっていました。フォストの森以外にも生活に潤いを与えてくれる場所がありました。森の南西に位置する彼らが“スィル“と呼んでいる水溜りがそうでした。水溜りと言ってもその水平線は限りなく遠く、海と言っても過言ではない奥行きを持っていて波が押し寄せます。六角家から徒歩で2時間かかるその場所に家族総出で赴き、1日を気ままに過ごします。それでも帰路につく頃には十分な水辺の食糧を収穫でき、貴重なミネラル分を含む岩も手に入れることができました。
 驚くべきことは、そのスィルの水平線の向こうに隠されていました。マパとシャーラもスィルを渡った事がなくその先の世界を見たことがありませんでしたが、それはとても簡単なことでした。スィルを西方に渡れば、水平線を越えた所ですぐに東に出てこられるということです。つまり彼らの住むこの大地は三日もあれば歩いて一周することのできる小さな星なのです!ここはトンピピ村のある“トンピピ世界”とは全く違う場所に存在しました。その違いは時間や距離で測れるものではなく、異なる次元の世界でした。これがテト家とロン家が住む“フォストの世界”が“マジックボックス”と無縁な理由の一つでした。フォストの世界では、光の星クリルがマパとシャーラの住んでいる星の周りを回っており、その大きさはとても小さなものでした。同じ光の星パメルはマパとシャーラにとっては、フィリおばあさんの話に出てくる想像上の星でしかなかったのです。クリルはたとえその大きさが小さなものであっても強力な光を持ち、星との絶妙な距離の変化で豊かな四季をも作り出していました。四季だけではありません。フォストの世界には様々な地形も揃っています。険しくそびえる山、フォストの森、そこを血道のように流れる沢に小川、深さの知れない沼に心地よい風を通す草原に砂地、水の流れが読めないほど落差のある滝にスィルの壮大なフィヨルドなどトンピピ世界で見られる地形のほとんどを小さいながらも備えています。その環境のおかげで生き物の種類もトンピピ世界におとらず多様で、マパもシャーラも多くの触れ合いに恵まれました。
 しかしヤビおじいさんは時々嘆くのです。
「この世界には足らぬものが多すぎる、ウム。」
 マパもシャーラも何が足りないのかよく分かりません。
「そのうち足らぬものの影響が出てくるわい、ウム。」
 おじいさんはそうも言いました。マパもシャーラも大好きなこの世界に何の不満もありませんでしたが、時々わけもなくどこかに帰りたい気持ちになることがありました。

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