マジックボックス
大人たちの相談と大きな秘密
木々も葉を地に散らし冬の姿になりつつあるフォストの森を背にして六角家のリビングでは昼間から大人たちだけでの話し合いがもたれていました。マパとシャーラは二人だけでフォストの森に遊びに出ています。
「マパもシャーラももうそろそろじゃのう。もうすぐ何かが始まるわい、ウム。」
「私はとても心配‥。」
ナータ母さんがややうつむき加減に言いました。
「しかしのう、このままではトンピピ世界はおろかこの世界もいずれ生き物は住めなくなる、ウム。シャーラとマパは最後の希望じゃ。」
ヤビおじいさんはゆっくり言葉を噛みながら話します。
「ヤビおじいさんはあの子たちが安全だと言い切れるの?」
ナータ母さんはおじいさんの答えに期待して問いかけました。
「・・・・」
「ナータの気持ちは良くわかるよ。あのドポドとロザータが相手だからね。でも、僕たちはこれから起きることを見守るしかないんだよ。このまま時が過ぎたとしてもあの子たちが安全に生きていける保証はないんだ。」
ヤビおじいさんの代わりにフル父さんが口を開きます。
「ドポドとロザータがあんなことになるなんて‥」スキア母さんが堰を切ったように言いました。「あの二人がマジックボックスを作ってしまったのよ!」
「あの時、ヤビおじいさんの言うことさえ聞いていればこんなことにはらなかったのに‥。」
ダット父さんが怒りと悔しさの入り混じった表情で言いました。
ドポドとロザータは昔、ダットたちの親友でした。彼らはみんなトンピピ世界の住人だったのです。当時、年頃であった彼らはダットとナータ、フルとスキア、ドポドとロザータとそれぞれがお互いに惹かれ合う恋人同士の仲でした。そんな彼らにある時、急に不思議な力が宿ったのです。
「最初に力に目覚めたの、確かダットだったわよね。」
深刻な話題から話をそらすかのように懐かしい気持ちでスキア母さんが言いました。
「ええ、風ひとつ吹いていない晴れやかな日の午後だったわ。今でも鮮明に覚えてる。」ナータ母さんも記憶の糸をたぐり寄せます。「二人でお弁当を食べようって約束した日よ、私の家の庭だったわ。ダットに気に入ってもらえるように一生懸命お弁当を作ったから良く覚えてる。朝から頑張って作ったのにとても手間取って‥。」
「お昼のつもりが夕方まで待ったからね。」
笑いながらダット父さんが言いました。
「初めて作るお弁当だったから‥。」ナータ母さんは少し顔を赤らめて話を続けます。「やっと出来た時は嬉しくてね、お庭で食べようってことになったの。でも、いざ外に出てみると腰をかけるいい場所が見当たらなくて。どうしてもお庭で食べたかったのよ。どうしようかと考えてたらダットが言ったの。庭の端で草地に半分隠れるように転がっていた大きな丸太を指差して『あれ持って来ようか?』ってね。驚いたのは次の瞬間よ!」
「驚いたのは僕の方さ。」ダット父さんが言います。「ナータの気持ちがよく分かったから格好つけて言ったものの、見るからに重そうな丸太でね、どうしようか考えていたら『動かせる!』って心が呟いたんだ。そう、僕の心の中からそうはっきり聴こえた。そこで意識を集中してみると・・丸太が宙に浮いたんだ!驚いたよ。あまりのことに一度大きく地面に落としてしまったけど、どう考えても僕が動かしているとしか思えなかった。僕の意志に沿うように動くんだからね。」
「宙に浮いた丸太がフラフラと私たちの方に向かってくるんだもの。」
ナータ母さんが笑って言います。
「すぐに他の物でも試してみたさ。動くんだよ!全て僕の思い通りにね。『ナータ、凄いよ!見ただろ!今のは僕が動かしたんだよ!』って夢中で叫んだよ。その時のナータは放心状態で半分口が開いたままだったけどね。」
「突然あんなの見たら誰だって驚くわよ。」
ナータ母さんは恥ずかしそうにさらに顔を赤らめました。
「そしてナータの力も芽を出したんだ。お弁当を食べるのも忘れて、とにかくみんなに報せに行こうって、まずはフルの家を目指した。でもナータが『フルはこっちにいるわ』って真逆の方向を指して言ったんだ。すごく確信のある口調でね。」
「今思えば、あの時より前にも似たようなことが何度かあったの。でもそれが魔法の力だなんて夢にも思わないもの。とにかく“方向“がわかるのよ。自分が求めることの“方向“が‥水が流れるようにね。そしてあの時に急に降り始めた雨に『今は待って!』って言ったらピタッと止んだ。そこでも気づいたの、“水”を操ることができるってことに。“方向“と“水”。それらに導かれたり、導いたりできる・・それが私の能力。」
「ナータには、たまに無理を言って農地に雨をお願いすることがあるわね、とっても助かる。」
スキア母さんがそう言うとヤビおじいさんも話に加わります。
「それもほどほどにの。スキア、わしの色が見えるかのぉ、ウム。」
「ええ、釘を刺してるような色ね。魔法を多用しない方がいいのは分かってる。」イタヅラっぽく片目を閉じて答えます。「私はその人の考えや気持ちが色とか形になって見えるようになった。触れるとより鮮明に見えるわ。」
「あなたに触れられると心がとっても落ち着くわ。」
ナータ母さんがスキア母さんの手を握って言いました。
「そうじゃの、スキアは生き物の中にある“花“の要素を咲かせる力も持っておる。気持ちの花も咲くと言うわけじゃよ、ウム。気持ちを色で汲み取って、開花に手を添えることができる能力じゃよ、ホホ・・ウ、ウム。」
ヤビおじいさんもスキア母さんの魔法の影響を受けたのか、言葉の端が緩みます。実際、六角家の周辺や家の中ではいつも何かしらの花が咲いていて家族の心を潤していました。
「これもダットがこの世界に光をもたらしてくれたから。あなたの光のお陰で花々もより鮮明に輝けるの。」
そう!フィリおばあさんの話に出てきた“パメルの光を手に握ることの許されたもう一人の人物“とはダット父さんのことでした。
「あなたは物を移動させ“光”を集めることができる。」
スキア母さんがそう言うとひらりと1枚の葉っぱがフル父さんのもとに舞い落ちてきました。
「俺の話もいいかな?」その葉を手にしてフル父さんが言いました。「俺は葉っぱさえあれば何でも作ることができる。イメージできるものは何でもね。」
そういうと左手の手のひらに乗せた葉っぱを右手で軽く撫でました。
「そして最近気づいたんだ、“物“だけじゃなく、“空気”も作れることにね。」すでに左手の葉っぱは姿を消しています。「消えてしまうから気づかなかったけど、ダットの強い光を浴びると少しいつもと違う感じがしててね、あの事件で気づくことができた。」
「そのお陰でマパは救われた、感謝してるよ。素晴らしい能力だ。」ダット父さんの言葉がしみじみと溢れます。「あの時、フルがマパを空気の泡で包んでいなければ、マパはスィルの海の中に飲まれていたよ。」
「必死だったからね。渦巻く嵐の波に幼いマパがさらわれた瞬間、無我夢中で手にしていた葉っぱを投げつけたんだ。それがまさかあんなことになるとはね。」
数年前にいつもは穏やかなスィルが一度だけ激しい様相を見せたことがありました。その時、時間の隙間に吸い込まれるように荒れ狂う波に飲み込まれたマパを大人たちが力を合わせて助け出した時のことが思い出されます。ナータ母さんが波を掻き分け、ダット父さんがマパを陸地に移動させたのですが、何より最初に瞬間的に動いたフル父さんの魔法がその命を救いました。
「あの時から物を創る力に加えて、風を操れることにも気づいたんだ。」
フル父さんがそう言うと部屋の中にいた家族全員に触れるように柔らかい螺旋状の風が吹きました。
「そして・・・・。」その涼しくも温かい風に乗ってヤビおじいさんの言葉が大人たちの肩を叩きます。「ドポドは時間や空間など気にせずに物を瞬時に移動させる能力、その行き先はドボドにしか分からん。ロザータは何でも元に戻せる魔法じゃよ。大怪我をしてもロザータにかかればすぐに治ったわい、ウム。」
大人たちの表情に複雑な気持ちが浮かびます。なぜならそれはみんなが今一番触れたくなかった事柄だったからです。
「風邪でも移したみたいにあっという間にみんなが不思議な力を持ったのね。それからすぐね、私たちと出会ったのは。」
その雰囲気を察したフィリおばあさんが一人一人の心に触れるように言いました。
ヤビおじいさんとフィリおばあさんがトンピピ世界で暮らしていた頃、二人の存在を知っている者は極わずかでした。ダットたちが住んでいた地域からそう遠くはない場所でしたが、少し町外れの森の中で静かに流れる時に身を任せる生活を送っていたのです。そんな彼らを引き合わせる出来事が起こったのは、フィリおばあさんの言うとおり魔法の目覚めから間もない時でした。
ダットたちはその不思議な力のことを仲間だけの秘密に決めました。その秘密にドキドキし優越感を抱くのにそう時間はかかりませんでした。中でもダットにフルにドポドは有頂天になり自分の力を試したい気持ちを抑えることができませんでした。若かった年齢からも無理のないその気持ちと行動がフィリおばあさんとの出会いを作ったのです。
「ナータがわしらとお前たちを引き合わせてくれたんじゃな、ウム。」
ヤビおじいさんが閉じたまぶたの奥で運命を感じながら言いました。
六人は人目を盗んでは魔法の力を試しました。ナータのお陰で場所探しには事欠きません。ちゃんと他人の目に触れることのない場所に連れて行ってくれるのです。ただその日、ナータが五人を案内したのは他ならぬヤビおじいさんとフィリおばあさんの住んでいた家近くの森の中でした。確かにヤビおじいさんの敷地は周りの景色に見事に溶け込んでいて全く人の気配を感じない場所でしたが、それでもナータの魔法の正確さを考えるとヤビおじいさんがほのめかす通り、何かの導きだったのかもしれません。とても痛い出逢いでしたが‥。ヤビおじいさんの言葉にその瞬間の出来事が脳裏によみがえってきたダットは正面に座っているフィリおばあさんに決まりの悪い顔を見せました。
「ふふ・・・ダット、もういいのよ。私は何ともないわ。」
フィリおばあさんが柔らかい雲のように笑います。今よりも一回り若かったフィリおばさんが春イチゴを摘みに出かけたその日でした。春イチゴは地を這うツルから三つ葉を広げ、その中心に乗るように赤オレンジ色の艶やかな果実をつけます。マパもシャーラもこの実を見ると、命の種がパメルの光を手にする様子を鮮明に想像することができました。それほどまでに瑞々しい光の色合いを含み持つ果実でした。この春イチゴが群生するフィリおばさんの秘密の場所は茂みの向こうにあり、そこは森の中にポッカリと空いた程よい広さの草地でした。そして何を隠そうナータがその日選んだ場所でした。ダットたちはそこで魔法の遊びにふけりました。男性と女性、それぞれの魔法の使い方も対象的です。ナータとロザータはスキアの魔法を共有して時間の流れを楽しみました。お互いに手を取り合いそこに生息する樹木や草花の気持ちの色を視て過ごします。
地面に散在する赤オレンジ色の果実の気持ちは目に映る色そのままでした。一方、ダットはフルが作り上げていく様々な物を移動させています。中でも鳥の形をした加工品を空中で走らせ遊ぶことに夢中になっていました。フルも葉という葉から思いつく限りの加工品を作り出していきます。そしてドポドが行方の知れない場所にその物を消し去ります。彼らが夢中になればなるほど木々の枝葉は傷つき、樹木や太古よりその場を守り続けてきた岩でさえ不本意な移動を強いられました。彼らは“秩序”の二文字をその場所から奪い、また彼ら自身も失い始めていました。スキアたちにも辺りの生き物たちの色が恐怖と悲しみに染まっていく状況が視えました。赤オレンジ色の果実でさえ寒々しい色に変わっていくのが分かります。この状況を正す意味でも“痛い出会い“は必然だったのかも知れません。ダットの魔法力を試したい欲求はますます高まり、その対象が少し遠くに横たわっていた比較的大きな倒木に向いた時、同時にドポドの力もそこに重なりました。つまり同じ対象物にダットとドポドの魔法が一度に働いてしまったのです。移動させようとするダットの力とその場から消し去ろうとするドポドの力は拮抗し、言わば綱引きをしているような状態に陥りました。お互いにその状況から引くことができず、心の奥に隠れていた力の優越を確かめたいという気持ちが大きく弾け、力比べが始まったのです。空中に留められた倒木はギシギシと苦しそうな音をたてています。辺りの空気が小刻みに揺らぎ不安定な光が発せられました。
「やめて!危ないわ!!」
異変に気づいたロザータが大きな声を上げました。その声にドポドが一瞬気を取られ、その隙にダットの魔法力が一瞬ドポドの力を上回りました。拮抗していた力が光になって弾けたかと思うと倒木は勢いよく茂みの中に投げ込まれます。
“バキッ!”茂みに姿を消した倒木からダットが鈍い感触を感じ取って間なく、茂みの中から見知らぬ人が前のめりに倒れ出てきました。うつ伏せになっているため顔を見ることは出来ませんでしたが、突如現れた人の姿にその場の空気が瞬時に凍りつきました。茂みに半分体が隠れたままの状態でその人物は激痛に耐えるかのように右手を抱え込みうつ伏せたまま動きません。ダットたち六人も凍てついた状況に体も硬直してしまい身動きを取ることがままならない時間の隙間に陥りました。永遠とも一瞬とも思える時間の中で徐々にその人物が女性であるということが分かってきました。そう、倒木の餌食になってしまったのはフィリおばさんだったのです。
彼女にとって不幸中の幸いと言えることが二つありました。一つは打撲の位置です。茂みを掻き分けるために高く上げていた右手のお陰で頭への直撃を避けることができました。そしてもう一つは、六人の中にロザータがいたことです。硬直した空気の壁を最初に壊してフィリおばさんのもとに駆け付けたのもロザータでした。ロザータは打傷部をかばい抱え込んでいるフィリおばさんの体の隙間から恐る恐る手を入れて、その右手にそっと触れました。すると紫色に腫れ上がっていた手の甲から見る見るうちに腫れが引き、フィリおばさんの表情からも痛みが消え去ったことが伺えました。ロザータの魔法は、他の五人と比べてあまり使う機会がなくその能力についても未知数でしたが、このような形で役に立つ時が来るとは誰も予想のつかないことでした。
ロザータは魔法が使えた喜びよりも目の前の女性の怪我が癒えた様子に心底ホッとしてその場にペタンと座り込みました。それが六人とフィリおばさんとの出会いでした。痛い思いをしたのはフィリおばさんの方でしたが。フィリおばさんはロザータの不思議な力のことを特に気にとめる様子もなくスクッと体を起こすと、ロザータの顔が見える位置までを頭を下げて優しい瞳で包み込むように言いました。
「イチゴ摘みを手伝ってくれるかしら。それから私のお家にいらっしゃい。お話したいことが山ほどあるわ。」
その出来事から六人がフィリおばさんのもとへ通う日々が始まりました。何事もなかったかのように魔法のことを受け入れてくれたフィリおばさんとまるで全ての流れを見通していたかのようなヤビおじさんの雰囲気に誰もが安心感を覚えました。二人の素朴な人柄と興味深く展開されていく話にどんどん引き込まれ、六人は自分達の不思議な力のことさえ忘れてしまうほどでした。数限りなく湧き出るフィリおばさんの物語は、特別な力を持ってしまった彼らにとって大切な糧となっていきます。フィリおばさんに比べると口数の少ないヤビおじさんの言葉も貴重な経験となりました。
最初、ヤビおじさんは気難しくとっつきにくい印象の人物でしたが、彼の話を聞くと青く果てしなく続く大空から、大切な鍵が降ってきたような喜びを感じます。その鍵を持ってフィリおばさんの物語の扉を開けるとそこで展開されていく世界の広さと深さには驚かされるばかりです。
「よいか、良く聞くんじゃぞ、ウム。」
この頃も変わらない独特の語り口で魔法のことを説明してくれたのはヤビおじさんでした。
「フィリが話した通りお前たちの体の中にもぎっしりと命の種が宿っておる。いや、お前たちが生きていること自体、命の種があるという事じゃわい、ウム。命の種と共に産まれ生きてきたんじゃ。無論わしらが死んだからと言うて命の種は死にゃせんがな。ちゃんと継ぎの生命に向かって歩いていくわい、ウム。そんな中でものぉ、非常に稀有な確率で、命の種の“並び方“に優れた者が出てくるんじゃよ。命の種に形や場所は存在せんから、並び方などありえんのじゃが、まあ、そうとしか言いようがないわい。命の種全体のあり方が場を極めた言うのかのぉ‥とにかくそんな並びに優れた者は他から見ると実に不思議な力を発揮する。それをお前たちは魔法と呼んでおるわけじゃよ、ウム。わかるかの?命の種の並び方や当てはまる場所でその能力は性質も強さも人それぞれじゃが、その事を理解しておれば不思議な事でも特別な事でもない。お前たちのその力も自然に与えられた事、ただそれだけのことじゃよ。大切なのは力を過信せず、力に飲み込まれんことじゃわい、ウム。」
ヤビおじさんが言うには、フィリおばさんの何でも物語にできる能力、さらに和やかな空気で誰もが話を聞きたくなる雰囲気を作る能力は立派な魔法であるということでした。そしてフィリおばさんが後でこっそりと教えてくれたことには、ヤビおじさんのこれから起こることへの先見性や智慧、物事の真理を洞察する力、何より常に中庸である姿は敬慕できる魔法の力だと言います。あまりに人間的な力のために魔法とは気付きにくいのですが、二人との付き合いを深めれば深めるほどその素朴な偉大さに感嘆するばかりでした。こうしてダットたちは二人の人柄に魅了され家族のように慕い、生き方を学んでいったのです。
そんな過去の思い出にみんな浸っているのか部屋には静かな空気が流れていました。これから来る冬に備えて暖炉の横に積んである薪さえもひっそりと思い出の輪に参加してるようです。
全ての呼吸を計るように空気の合間に手を差し挟んだヤビおじいさんが話題をもとに戻します。
「よいか、もうすぐマパもシャーラも魔法の力に目覚めるはずじゃ、わしにはわかる。お前たちの子供じゃしな、ウム。どのような力が隠されておるかは分からんが、トンピピ世界を大事な方向に導く鍵になるじゃろう。なあ、ナータや‥ここはひとつマパとシャーラの力を信じてみてはどうじゃろう?」
ヤビおじいさんの柔らかな物腰の問いにナータ母さんは複雑な笑みで応えます。誰もが深い信憑を寄せるおじいさんの言葉には他の選択肢をいつでも選べる余白があります。ヤビおじいさんも時々こう言うのです。
「どんなに立派な言葉でもの、それを汲み取るその人がらしく生きんことには百害あって一利なしじゃわい、ウム。」
素敵な智慧も一部であって全体ではないというヤビおじいさんの思慮にみんな安心して彼の意見を尊重することができるのです。しかし、そのことを重々承知しているナータ母さんもマパとシャーラの身の安全を考えると素直に頷くことができないのです。その気持ちはスキア母さんもダット父さんもフル父さんもフィリおばあさんも同じでした。
「ナータ、まだ子供とはいえ、本人たちを差し置いて心配してもしょうがないよ。もうすぐ彼らに魔法のことを話す時が来る。その時のマパとシャーラの考えを尊重しようじゃないか。」
ダット父さんが言いました。その言葉はナータ母さんだけでなくみんなの心に発しています。
「そうだわね、ダットの言う通り、実際に重要な魔法を身につけるのはマパとシャーラなんですもの。あの子たちの気持ちを大切にしましょう。親ってね、思いのあまり時々子どもの生命の声をすっぽり覆ってしまうの。生きていく主役を間違えちゃうのね。だから私たちにできるのはシャーラとマパの生命の声を探して見守ること。大丈夫、平坦な道ではないけれどすべてはうまく動いてくれるわ。」
フィリおばあさんの語り口はいつでも聞く者の心をほぐし、その場の雰囲気をも和ませてくれます。
一方、フォストの森では魔法のことなど露ほども知らないマパの身に、フィリおばあさんでさえ思いも寄らぬことが起きていました。大人たちの話がひと段落したその時です。六角家の入口のドアが強く音を立てると、すぐに団らんの部屋のドアも内側に勢いよく跳ね開きました。
「マパ、マパが・・動かないの!」
そこには動揺して震えているシャーラの姿がありました。
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