ドポドとロザータ
大理石のように黒光りのする脚の短いテーブルが部屋の中央に重々しく置かれています。部屋の壁には物がぎっしりと据えられるように漂っています。猛獣の剥製から洋服にコート、ロングブーツにつばの広い帽子、装飾の小物も見られれば、吸い込まれそうな奥行きを感じる絵画から歪んだ数字の並ぶカレンダーのようなディスプレイまで数えればキリがない程の物が目に入ってきます。ただそれらの物は姿を見せては消え、また微妙にその容姿を変えては再び空間に浮かび上がるということを繰り返していて、ふわふわと空中に浮遊しているようにも見えます。整然としているようで煩雑さを感じるつかみどころのないその状態は部屋の大きささえ広いのか狭いのか分からなくしています。その場の空気は重く、息を押しつぶされそうな窮屈さを覚えます。そしてその雰囲気を払拭したいかのように空中には煌びやかな装飾の施されたシャンデリアが浮かんでいて、眩しく白い光を部屋いっぱいに放っています。
さらに一面の壁では飲み込まれそうなほど大きな液晶が青白い光を揺らしており、重々しいテーブルを挟んで反対側に高級感のあふれるソファーが置かれていました。そこに二人の男女がさも快適そうに腰を埋めて座っています。くつろいでいるようでどこかに不自由さをまとっている二人はこれからパーティーにでも出かけるかのような華やかな衣装を身につけています。女性は耳よりも大きいイヤリングから肩の凝りそうなネックレス、両指が見えなくなるほど色とりどりの指輪まで部屋に溢れる物さながらに全身を装飾品で包んでいます。よく見るとその装飾品一つ一つもじわりとその形を消すと同時に次のアクセサリーが姿を現しています。一方、隣に座っている男性の髪はオールバックに整えられていて、シャンデリアや女性の装飾品から受ける光をツヤツヤと反射しています。そして二人の手の届く範囲には小さなマジックボックスがひとつずつ宙で黄金色に輝いていました。
そう、何を隠そう彼らがドポドとロザータでした。言うまでもなく二人の身なりはタトの木のお婆さんがマパとシャーラに見せた素朴な様相とはかけ離れたものでした。ただ彼らの顔形は歳を取っているように見えず、当時の温厚ささえ感じます。しかし一度口を開けばその変貌を垣間見ることができました。
「ダットたちはいったい何処に消えたんだろうね。」眉間にしわを寄せてドポドが口を開きました。「僕たちの作ったこの世界に来れば、何不自由なく暮らせるのに。いったい何処にいるんだ?なぜ姿を見せないんだ?」
話すにつれ微妙に頬が硬直してきます。ドポド本人でさえ気づけていないことですが、ヤビおじいさんのように智慧を働かせて耳を傾ければその言葉の端々には支配欲からくる威圧感と不安感が浮き上がってきます。
「そうねえ。」
ロザータが相槌を打ちます。そして波に揺れている液晶の方を向いて言いました。
「ビズ、ビズは居るかしら?」
すると青白い光を放っていた画面は一転して腰の曲がった老婆を映し出しました。全身黒い服に尖った帽子、ロザータのそれとは違う怪しげな装飾の品が上半身の至る所からぶら下がっています。鷲鼻に鋭く曲った顎、顔には深いしわが刻まれていて、その風貌は魔法使いそのものです。しかし彼女は魔法を使うことができませんでした。
「はい、はい、ビズはここにおりますぞ。」
液晶に映る彼女はいかにもその場に存在しているかのような立体感で占いでも始めそうなテーブルを前にして椅子に座っています。その声は聞く者の身体をキーキーと貫通していきます。ドポドとロザータのいるこの部屋には外の世界と行き来できるドアも窓も見当たりません。
ですから外部の人間が二人と連絡を取るためにはこの液晶の画面が必須でした。
「なあ、ビズ。ダットたちの捜査はその後どうだい?」ドポドが語りかけました。
「依然として進展はございませんわい。何も手掛かりなしですじゃ。彼らを捜し当てるのはよほどの運が向かない限り無理とみておりますわい。」キーキー声が答えます。
「なあ、ビズ。ダットたちが姿を隠して何年経つと思ってるんだい?後一年で百年が来るんだよ。百年さ。君に捜索を依頼してから百年が来ようとしているんだ。君なりに手を尽くしていることは分かっているよ。だけど百年経っても何の手掛かりもないってのはどういうことだい?」
ドポドの口調はあくまで丁寧に響きますが、そこには逃れようのない威圧感がありました。
「はあ、私どもなりに全力で捜してはいるのですが…。」
ビズは無表情に答えます。そしてもうすぐ百年経つと話すドポドの言葉も、ダットにすればおよそ十二年と言うでしょう。これはどちらの時間も間違いではなく、それぞれの時間に違いが生まれていました。この時計の針の進む速さの違いはマジックボックスが大いに関係しているようで、フォストの森で一年間を過ごす間にドポドの世界では約八年分の出来事が起こりました。当然、年齢もそれに応じた歳月が流れます。にもかかわらず、ドポドとロザータの見た目はダットたちよりも若いのです。百年前と変わらない若さです。ここにも重大な秘密が隠されていました。
「一つ言えることにはダットたちは間違いなく生きておりますわい。このドポドの世界のように時間の異なる別の空間に身を潜めておるのでしょうな。トンピピ世界の住人は気づいておらんようですが、森の一部がなくなっておりますし、パメルでさえ端が少し欠けておりますからの。ダットたちがその世界へ運び出したと思われますわい。」
ビズは無表情のままです。このやり取りは今まで何千回、何万回と数えれば切りがないほど交わされてきました。この百年間、同じ質問を投げかけられては同じ返答をしてきたのです。そしてこの後に続くドポドの話も毎回ビズが聞かされるものでした。
「ビズ、僕はそんなことが知りたいんじゃないんだよ。わかるかな? 一刻も早くダットたちを見つけてここに連れてきてほしいのさ。ここの生活を満喫させてやりたいんだよ。スキアの好きな花だって四千一階の果てしない広さの部屋に先が見えないほど植えてある。ヤビおじいさんやフィリおばあさんにくつろいでもらう憩いの部屋だってちゃんと用意してるんだ。ナータだってフルだって望む物なら何でも揃えられる。僕とロザータにとって彼らは大切な友達なんだよ。その大切な人達をこんなに快適な世界に誘って何が悪いね?しかも誘おうにも何処にいるのかも分からない有様さ。ビズ、教えてくれよ、どうして彼らは僕たちから身を隠すんだい?僕の言う通りにしていれば幸せに過ごすことができるものを。第一、彼らは魔法の使い方を間違えているのさ。そうだろ? 魔法ってのは最大限に活用してこそ真の価値があるんだよ。特にヤビおじいさんにはこの真実を教えてやりたいね。彼は僕に『魔法力を過信せず、その力に飲み込まれるでないぞ。高く上がる時ほど地面を見つめるんじゃよ、ウム。』なんて訳のわからないことを言ってたんだよ、このやさしい僕にね。ヤビおじいさんは分かってないんだよ、僕とロザータの魔法力だけが正義なんだってことを。そのお陰でマジックボックスを作り出すことができたんだ。こんなに便利なものを作るなと言う方がおかしだろ? だからヤビおじいさんに教えてやりたいのさ、魔法の正しい使い方をね。僕らは選ばれた人間なんだよ。分かるだろ、ビズ。」
例え当たり障りのない言葉を選んだとしても、その束縛はビズに取れない泥を投げつけているようでした。ダットたちに対する言葉も一方通行に過ぎず、ヤビおじいさんはそのことにも気づいていました。ドポドとロザータは自分たちの考えが絶対のものと思い込み、どんな話にも耳を貸さなくなっていることを。ヤビおじいさんは言いました。対話とはお互いの生命の場所を観ることだと。しかし二人にはもう相手の声が聞こえません。必要ですらないのです。このことがどれだけ恐ろしいことなのかヤビおじいさんは熟知しています。
そしてドポドもロザータも口にこそ出しませんが、心深く奥底ではダットたちの魔法の力を非常に脅威に思っていました。もしこの世に二人に対抗できる存在があるとすればダットたち以外いないからです。要するにダットたちの力を自分の手中に収めたいだけなのです。しかしドポドもロザータもこのことを認めないでしょう。二人はもう自分の生命の声さえも聞き取ることができないのですから。全ては魔法力を強めた過去と深い関係がありました。
それは、まだ魔法を身につけて間もない頃に聞いたヤビおじいさんの話に端を発しました。ある意味ドポドとロザータ二人共に頭の回転が速い子であったことも原因の一つかも知れません。命の種と魔法の関係について話をしてくれた時のことです。皆んなが素直に納得している傍らでロザータは次のように考えました。「ヤビおじいさんの言うことが本当なら、命の種をもっと良い位置に並べ替えたらさらに強い魔法の力が手に入るのかしら?」このことをロザータはドポドにそっと話しました。ドポドも全く同じことを考えていて彼女の意見に同調しました。早速、二人はこの考えをヤビおじいさんに伝えたのです。偉大な発見をした気持ちに包まれて話す二人の期待とは裏腹におじいさんは厳しくこう諭しました。
「ドポド、ロザータ。お前たちは本当によく頭の切れる子たちじゃな、ウム。そう、お前たちが考えたことへの答えを先に言ってしまえば、それは正解に他ならんよ。しかしの、それは頭の中だけに留めることじゃよ、ウム。お前たちの力で実行してはならん。よいか二人とも、命の種が今そこにあるということには理由があるんじゃ。森の草花がその場所で花開くように、鳥たちが季節に合わせて群れ動くように命の層には深い深い歴史があるんじゃ。生きゆく風に静かに耳を傾ければの、生命の当てはまる場所がどれだけ大切かは自明の理じゃて。命の種の場を崩すことから思いもよらぬ禍が引き起こされるじゃろうての、ウム。ドポド、ロザータ、その事実に気づいたことは称賛に値するじゃろう。じゃがの、決して… 決してじゃ、そのことを実行に移してはならんぞ、よいな、ウム。」
ヤビおじいさんが言葉を強めるのには理由がありました。それはドポドとロザータが力を合わせれば彼らが気付き考えたことは本当に実現可能だったからです。そして二人ではコントロールの効かない事象が発生してしまうことも。しかしヤビおじいさんの忠告も虚しくそれは実際に起こってしまうのでした。